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光廣・沢庵贈答歌幅 一もとのあきちかう咲… 啐啄斎好表具

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縦 116.2㎝ 横 54㎝

烏丸光廣(1579~1638)は書、画、歌、香等に通じ茶の湯を嗜んだ文化人として著名で、大徳寺153世住持 沢庵宗彭に参禅しました。本幅は大徳寺を訪問するにあたり沢庵の都合を伺うために光廣が歌を作り、その返歌を沢庵が書したものです。返しの後半部は万葉集の額田王「あかねさす」の歌を引用しており、この短いやりとりに二人の親交のほどを窺うことができます。

萩胴紐筆洗形茶碗

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高:7.7㎝ 径:13.7㎝

萩焼は毛利輝元に預けられた朝鮮人陶工李勺光と李敬兄弟等により慶長年間に萩城下で開窯された毛利藩の御用窯が創設とされています。

本品は鉄分を多く含んだ素地に藁灰釉がかかり白濁色によく溶けて独特の釉肌に焼き上がっており、このような作行きの茶碗は伝世品の数が少なく、腰に廻らされた筋と微かに表れた赤みが景色を作り出しています。割高台になっており兜巾が低くつけられています。口辺の一部に洗った筆の穂先をしごいて水切りをするための切り落としがあり、このような形を筆洗形といいます。

 

朝鮮唐津水指 杓掛手

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高 13.8㎝ 径 14.5㎝

唐津焼は天正から寛永年間(1573~1644)に所産され、江戸時代の始まりとともに茶陶の世界に登場し、現在は作られた時代や窯分によって細かく分類されます。その中でも朝鮮唐津は李氏朝鮮の陶工から伝わった伝統的なもので、土質は赤黒く藁灰釉と黒飴釉を掛け分けにしたものが代表的で、本品のような釉をそれぞれ柄杓掛けにして紋様を作り、内側を叩き作りにしているものは特に数も少なく珍重されております。

御本茶碗 菊の歌銘 蓬露色紙 幽玄庵箱

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高 9.1cm径 13.8cm

高麗茶碗の一種で安土・桃山から江戸初期にかけて日本から朝鮮へ御手本(おてほん)になるものを示して誂え焼かせた茶碗を御本(ごほん)といいます。

本品は胴に廻らされた暦手の趣に似た縄目のような文様が特徴的な茶碗で、全体に掛かった釉は良く溶け鹿の子が内外に鮮やかに現れております。

蓬露(小堀政安1816~76)が「拾遺和歌集 巻第4 秋」の菊の歌を色紙書しており、遠州流の茶人で蓬露とも親交の深かった幽玄庵(川路善八1848~54)が極をしております。

古九谷雁文皿

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径 20.3㎝

古九谷は九谷焼の内、江戸時代前期に造られたものを指し、文政年間(1818~30)に開窯した吉田屋窯において再興された九谷と区別して呼んだのが始まりとされる釉上着画した色絵磁器で、佐賀県有田で生産されたと云われております。

見込の文様は初期伊万里に用いられる図柄で、祖形は中国に求められるものです。裏側面には三方に宝紐文を配し高台内には染付の二重円を廻らせております。