• 宗旦三笠山画賛
  • 御本半使茶碗 銘山桜
  • 南京赤絵手桶形茶器
  • 玄々斎共筒茶杓 歌銘さざれ石
  • 鶏竜山絵刷毛目徳利

宗旦三笠山画賛 又玅斎・淡々斎箱 表吉 軸先一閑

宗旦三笠山画賛

縦 133.5cm  横 28.3cm

利休の孫で千家中興の祖と称される第三世の千宗旦(1578~1658)が奈良の春日大社後方にある三笠山について書いた掛物です。歌は「春の色 茶のかたおりと みかさやま」と露地の戸を開けると、目に映じた長閑な春の訪れを感じさせる光景を詠んでいます。墨の濃淡を使い忠実に描かれた二山が歌と均衡して配されております。

御本半使茶碗 銘山桜 遠州箱

御本半使茶碗 銘山桜

高 8.6㎝  径 14.1㎝

御本半使は高麗茶碗の一種で、日本からの注文で手本をもとに朝鮮で焼かれたものです。半使とは朝鮮の役官・通訳官の意味で彼らが日本に持参した茶碗を称します。

本品は腰から胴にかけて丸みのある姿で、口部はわずかに内に締まり、高台は土見せで、ねっとりとした胎土を呈しています。総体にかかった釉はよく溶けて光沢があり、釉肌に鮮やかな赤い鹿の子が広範囲に現れ、半使特有の釉景色が銘の山桜を連想させます。

南京赤絵蓮鷺文手桶形茶器 一閑蓋

南京赤絵芦鷺文手桶形茶器 一閑蓋

高 9.0㎝  径 9.0㎝

南京赤絵は明末・清朝の初期に景徳鎮の民窯で焼かれた磁器で、海外に盛んに輸出され日本にも南京から舶載されました。

本品は日本からの注文品で型物としてつくられ、鴻池家の五客揃向付が有名です。底には宣徳年製と銘が入っており、清楚な棹の曲がりに中国風の陶画は彩色が美しく、青釉の獅子と優雅な手桶形等、細部まで茶人の好みを遺憾なく表しております。古くは浅酌の珍肴容器として使用されていましたが、現在は茶道具の茶器として珍重され一閑の蓋が添っております。

玄々斎共筒茶杓 歌銘さざれ石 直書共箱 鵬雲斎箱

玄々斎共筒茶杓 歌銘さざれ石

裏千家11代玄々斎(1810~77)は三河奥殿藩主松平縫殿頭乗友の子として生まれ10代認得斎の婿養子として千家に入り、幕末から明治初頭にかけて、諸侯、貴顕、豪商たちと幅広く交友するとともに、近代茶道の先駆け的な役割を果たしました。

茶杓は節上のみ胡麻竹になっており、櫂先裏にはさざれ石と漆書があります。筒には藤原俊成の “神風やみもすそ川のさざれ石も君が御代にぞ岩となるべき”と歌が配されております。

鶏竜山絵刷毛目徳利

鶏竜山絵刷毛目徳利

高 17.6㎝  径 12.5㎝

鶏竜山窯は15~16世紀頃、韓国の忠清南道で様々な粉青沙器を生産し、その優れた作行きで知られております。またこの徳利のような絵刷毛目が窯独自のものとされ、珍重されてきました。

たっぷりと刷毛塗された白泥はつややかで、その上に伸びやかな鉄絵が二面に渡り施されております。胴は豊かに張り、上下に回された掻き落としが印象をひきしめております。全体に品良く表れている古色も味わい深く、愛玩の跡が窺い知れます。