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熊川茶碗 銘玉緒 宗中箱

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高 7.4㎝ 径 13.6㎝

高麗茶碗の一種である熊川茶碗は、朝鮮の慶尚南道洛東江の熊川港から日本に輸出されたのでこの名が付いたとされます。室町時代末期から始まった佗茶の流行によって朝鮮の茶碗が賞玩され茶人に珍重されました。

本品は口辺が端反り、胴はふっくらと丸く張り、高台は土見になり、見込みの中心には鏡と呼ばれる茶溜がある熊川茶碗特有の形をしており、釉肌に現れた雨漏が景色になっています。玉緒とは美しい宝玉を貫き通した細ひもや、生命を意味します。

古備前種壷水指 赤絵蓋添

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高 20.3㎝ 径 15.5㎝

古備前種壷は鎌倉時代から焼かれ、種の貯蔵や発芽のために用いられた雑器を利休時代に水指や花入として茶人らに盛んに採り上げられました。また、備前水指のなかでも最も詫びた作振りで、小振りなものが大変喜ばれます。

本品は無釉のまま焼締められ、片身替わりのように焦げが現れ、胴に赤く抜けた一筋の線が景色になっております。口を捻り反し、二方に耳が付いており、まるい肩に窯印が箆彫りされています。

乾山笹絵山道形盃

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高 4.3㎝ 径 6.9㎝

尾形乾山(1663~1743)は野々村仁清と並ぶ江戸中期の京焼の代表的名工で、京都の呉服商雁金屋の三男として生まれ、兄の尾形光琳から絵を学び、仁清をはじめ光悦の孫の光甫や楽一入から手ほどきを受け、絵付模様に特色を出した高雅な作品を残しました。

内外の一部にかけて白泥を化粧掛けした上に銹絵で笹の絵をバランスよく配し、口部を山道形に作り、口縁には銹絵で口紅が施されています。土見せの高台内には銹絵で乾山銘が記されております。

一燈共筒茶杓 銘さざれ石 共箱 玄々斎・淡々斎箱 小出家伝来

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裏千家8代一燈(1719~71)は表千家6代覚々斎の三男で、表千家より養子に迎えられ、兄の表千家7代如心斎と共に七事式を制定するなど、茶道を広め裏千家の中興とされます。

茶杓の櫂先は広めで露は剣先形になった茶杓で、箱の蓋裏には一燈が愚作と謙った表現をしており、珍しい花押が入っております。さざれ石とは細かい石、小石を意味し、それらが集まって大岩となり苔が生えるようになるまで、永い歳月にわたることをあらわす比喩表現として用いられます。

天啓赤絵梅樹文角向付 五客

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高 3.7㎝ 径 12.1㎝

中国明代末の天啓年間(1621~27)頃、日本からの注文により景徳鎮で焼成された五彩磁器を天啓赤絵と称し茶人から珍重されてきました。

黄土色と梅樹絵の片身替りで側面は花唐草が染付で描かれています。底部にも施釉し、四隅に鉤形の足が付いており、虫喰も見られます。一客のみ口辺の緑と黄土色が逆になり、豪華に書き込まれた梅樹に鳥が描かれております。同手のものが出光美術館にもあり、数組しか輸入されていない大変稀少なものです。