沢庵横物 “柳緑兮花紅” 山田履中軒伝来
- (全体 縦 116cm 横 100.4cm・本紙 縦29.5 横 93.2cm)
1573-1645 臨済宗の僧。
茶や和歌等様々な事に造詣が深く、三斎,信伊,光廣,松花堂ら文化人達と歌交を通じ、また紫衣事件の江月とも親交が厚かったようです。茶は遠州流でしたが、春屋に参禅したこともあり、宗旦を始め千家にも懇情を寄せました。
“柳緑(兮)花紅”
云わずと知れた名句で蘇軾の詩からの引用です。自然そのままの姿の例えで、ありのままを受け入れることの大切さを説いています。
一休に並ぶ人気を博したその書は、自由闊達でありながら、大徳寺や南宗寺ひいては禅そのものの復興を行った気概が感じられる一幅となっております。
佐竹本歌仙切 中務を所持した山田履中軒の伝来がございます。
伊羅保内刷毛目茶碗 銘松風 大阪尼野家伝来
(口径 14.1cm 高さ 7.3cm)
伊羅保は高麗茶碗の一つで、種類も多様で産地も点在しているといわれます。
その名称については、ざらめく肌が手にイライラする事からとされ、見た目にも共通し、本作も粗い砂粒混じりの素地で高台の一部を残して暗緑色の釉が掛けられています。
見込は深く朝顔形に開き、面取された口縁は一部歪み、胴には細かい轆轤目が立っています。切り出された大ぶりな竹節高台、隙間から覗く赤い土、見込を廻る内刷毛目など、侘びた風情の中に工夫が見える一碗です。
明治・大正の弁天座主、尼野家の伝来でございます。
織田道八共筒茶杓 一尾伊織添状 井上侯爵家旧蔵
(茶杓 長さ 17.3cm 幅1.1cm / 筒 長さ 21cm 幅 2.5cm)
織田有楽の次男で、名は頼長(通称・左門)といい信長の甥にあたります。江戸初期のかぶき者として知られ、猪熊事件に関わったことで公家の烏丸光広や木下長嘯子の弟延俊などと知り合います。大坂の陣では豊臣方として参加。以後、京都に隠棲し、「道八」と号して茶の湯に専念し、有楽流を継承しました。
茶杓は総体薄く、節から櫂先にかけて緩やかに広がる姿には妙味があり、「さもん」と記された真削りの筒と共に古色を帯び、その人となりが伺えます。
江戸初期三齋流の茶人、一尾伊織の添状があり、井上侯爵家の旧蔵品です。
染付海老絵吹墨法螺貝形向付 五客
(高さ 5.5cm 幅 19.9cm)
古染付は明時代末期に景徳鎮民窯で造られ、日本に輸出された焼物です。自由闊達な絵付けや動植物を象った意匠は多くの日本人を魅了し、現在まで親しまれてきました。
貝形の澄んだ白地に鮮やかなコバルトが吹墨され、その中を漂うように目出度い海老が可愛らしく描かれており、茶室を爽やかに彩る向付です。